2014年5月4日、34歳の誕生日を迎える成瀬拓也へ贈られたのは、みんなのメッセージ音源の収録されたCDのプレゼント。
一人で長時間のランニングをするのは退屈だろうから、ランニング中のお供になるのものがいいのでは?というアイディアから生まれた企画である。
ここで、成瀬さんがなぜランニングを始めたのかを簡単に説明しようと思う。
ランニングを本格的に再開したのは2014年の秋
その年、東京マラソンに応募した成瀬さん。
しかし、結果は残念ながら落選。
(東京マラソンは倍率10倍以上!)
当時付き合っていた元インターン生の「なっちゃん」こと吉池夏実に、「もうマラソン走らないの?」と聞かれると、「東京マラソンだったら走ろうと思っていただけだし走らないよ。沖縄とか海外みたいな、そういうところの大会でもない限り走る気はないかな」と返す成瀬さん。
なっちゃん「ふ〜ん、そうか」
翌日・・・。
なっちゃん「エントリーしておいたよ!」
成瀬さん「ん?何のこと?」
なっちゃん「石垣島マラソン」
成瀬さん「え〜!?」
なっちゃん「わたし、石垣島行ってみたかったんだよね〜♪」
これがきっかけとなり、成瀬さんは3ヶ月後の石垣島マラソンに挑戦することになる。
目指すは、当時市民ランナー男子700万人の中でたった3%しかいないと言われる、「サブスリー」(フルマラソンで3時間を切ること)の達成。
大学時代、筑波大学の陸上部だっただけあり、猛練習を重ねていく中でみるみるタイムが伸びていく。
しかし、結果はわずか及ばず・・・
当日は残念ながら3時間8分・・・。
1月でありながら、アップダウンもあり、24℃を記録していた石垣島でサブスリーというのは、なかなか厳しい条件だったに違いない。
他の大会だったらサブスリーは十分にできた走力だっただろうが、成瀬さんは次の大会をどうするか決めるかと思いきや、もう大会には出ないと発言。
なっちゃん「ふ〜ん。別にいいけど、、、」
そして、なっちゃんは、今後成瀬さんがランニングを続けることになる、決定的な一言を告げる。
なっちゃん「でも、サブスリーするって言っておきながら、できずに諦めるのって、“ダサい”ね」
成瀬さん (グサッ・・・!)
「ダサい」という言葉を自分の人生に刻まれるのは嫌だ・・・と思った成瀬さん。
こうして、サブスリーをすることを誓い、また走り出すになったそうです。
※この回想シーンは当時のエピソードについて成瀬さんが話していた内容について、青木の記憶を頼りに書いています。一部内容に相違があるかもしれませんがご了承ください・・・。
成瀬体育祭後の誕生日サプライズ
2014年5月3日、成瀬体育祭。
※成瀬体育祭・・・成瀬さんが30歳になる前日に、「三十路前夜祭」と題して始めたのが毎年の恒例行事となり、開催され続けている体育祭。2016年まで連続して開催されることになる。
体育祭が終わった後の打ち上げにて、5月4日に切り替わるまで待っているとさすがに遅いので、ちょっと早めにみんなで誕生日お祝い。
ケーキや色紙、そして、ランニングの時に聴くCD「いつものランニングを100倍楽しむ方法」をプレゼント。
(この後なっちゃんが成瀬さんの顔面にケーキぶつけてた気がする・・・)
実際に聴きながら走っていたかどうかは不明だが、当日は喜んでくれたようなので良かった。
どんなメッセージが収録されているかは、成瀬さんのituneにて確認してほしい。